モデル事例紹介
地域の特産品を支える「農商工・公」の強固な連携 小麦・大豆×ヒガシマル醬油 地場産原料による淡口醤油造りへの挑戦
産地化までの流れ
JAや行政、研究機関と協働した「原料の見える化」への第一歩
ヒガシマル醬油は同市で400年以上続く淡口(うすくち)醤油の老舗。うどんのつゆや煮物など素材の味を生かす料理に欠かせない調味料だ。周辺地域は古くから品質に優れた「播州小麦」「三日月大豆」の産地であり、塩は赤穂、揖保川の伏流水は良質な軟水として醤油造りに適しており、創業以来、こだわりの醤油を全国に届けてきた。
同社が産地連携に取り組むようになった理由は、原料の見える化、即ち安心安全と品質向上だ。そのためには、国産原料の調達が不可欠だった。1998年に、生産量が全国一の北海道産を中心とした原料小麦の全量国産化を実現した。さらに歩みを進め、同市を中心とした原料の地産化を目指す。「原料の産地からお客様の食卓まで」――。400年以上培ってきた同社の思いが、JAや行政、研究機関と協働した産地連携ネットワークにつながっていく。
だが、兵庫県における小麦の生産量は年々減少、かつて約2万㌧以上あった生産量は約2000㌧まで落ち込んでいた。逆風の中での原料の地産化の取り組み。同社とJA兵庫西、龍野農業改良普及センター、高田商店が連携し生産者に呼びかけたが、栽培経験のある生産者からは「小麦の増産は難しい」と不安を訴える声が相次いだ。生産を軌道に乗せるには、排水対策の理解と技術向上、栽培暦などを整備する必要もあった。
見えてきた課題と、既存品種の限界
課題が山積する中、「生産者と関係者が協議し、より地域に適した栽培方法を考えるプロセスを重ねていった」とJA兵庫西揖龍営農生活センター主任の山下晃さんは振り返る。
小麦の地産化の開始時は、当時兵庫県の小麦の奨励品種であった「シロガネコムギ」を用い、高収量化と高たんぱく化に取り組んだ。排水対策のレベルアップと共に10㌃200㌔ほどだった収量が良い時には350㌔まで増加したが、たんぱく含量は思う程には上がってこなかった。
数年後からは、大豆の地産化にも取り組んだ。最初はサチユタカ。狭条密植による省力化栽培に取り組んだ。たんぱく含量は高いものの、収量性は伸び悩み、醸造用機械適性も今一つであった。
原料の安定生産へ向けた栽培体系の確立と、新品種の開発
そこで同社は、2006年からは小麦の、2008年からは大豆の、新品種現地実証に乗り出す。県の農林水産技術総合センターや農業改良普及センターと協力し、全国で育種・栽培されているさまざまな品種を栽培。栽培上の地域特性や醤油生産に適した品種、栽培法を探った。
小麦は「シロガネコムギ」から多収の「ふくほのか」、そして現在は超高たんぱくの「ゆめちから」へ。また大豆は「サチユタカ」から多収の「タマホマレ」、さらに高たんぱくで難裂莢(れっきょう)・多収の「たつまろ」へ、生産者実需の双方メリットのため、新しい品種を次々に導入していった。
品種選定に加え、米と小麦・大豆の2年3作の栽培体系を確立した。当時は米の生産調整で遊休農地も増加しており、空いている農地に小麦・大豆を栽培することで収益向上安定につなげたことで栽培希望者も増え、醤油造りを支える一大産地に成長した。
さらに、農研機構との品種の共同開発にまで乗り出す。それにより新たに生み出されたのが大豆「たつひめ」、小麦「たつきらり」だ。両品種ともに高たんぱくで醤油醸造に適しているのに加え、「たつひめ」は耐病性で多収、「たつきらり」は早生で多収という長所があり、原料の安定生産へ向けて生産拡大が期待されている。これまでに試した品種は小麦、大豆ともに数十種類に及ぶが、現在もなおその試みは続いている。
各組織のメリットを明確化した、「農商工・公」連携
JA兵庫西管内で醸造用として契約した小麦・大豆は全て同社が買い取る。生産を担うのは農業法人や集落営農など10組織で運営する「たつの市集落営農連絡協議会」。JA、農業改良普及センターなどと月1回、農地巡回や栽培講習会を開き、技術向上へ会員間で切磋琢磨する。JAは「協議会の生産者は意欲も高く、10㌃収量はJA管内でトップクラス」と評価する。
同協議会の中心となる㈱グリーンファーム揖西(いっさい)は、2021年度全国麦作共励会で最高賞の農林水産大臣賞を受賞した。醤油に適した高品質な小麦の生産や県平均の2倍の10㌃収量、さらに醤油醸造副産物を堆肥化した発酵諸味粕堆肥による資源循環型農業の取り組み等が評価された。
「農商工・公」の体制は図のような形だ。JAは栽培指導や生産者からの相談に応え、高田商店は生産者、実需者その他関係者間の調整役を担う。栽培を通じて得られた知見は関係者が共有し、常に栽培技術を向上していくサイクルを築いている。各組織の役割を明確にし、それぞれにメリットがある運営を基本に、地域農業・社会の貢献につなげる。
資源循環型農業が目指す「本当の持続可能性」
資源循環型農業にも力を入れており、ヒガシマル醬油は醸造後のもろみかす全量を飼料や肥料に活用する。肥料は高田商店と「ASK(発酵諸味粕堆肥)」を開発した。稲作の実証試験では、ASKだけで、化学肥料のみの慣行栽培と同等の収量を得ることができた。高田商店はASKの製造・販売と圃場散布まで請け負い生産者を支援する。
ヒガシマル醬油農産事業課の徳力望課長は「単に小麦、大豆の品質を守るだけでなく、地元で育てた作物を地元企業が使い、地元に雇用や経済循環を生み出してこそ、本当の持続可能性」と、企業と生産者との結びつきの重要性を強調する。
ヒガシマル醬油㈱の声
ヒガシマル醬油がより醸造に適した原料を追求するために、小麦と大豆の品質にこだわり、種子の段階から関わろう、と考えたのが取り組みの発端となりました。この考えに賛同いただき、研究・指導機関、地域の生産者、農業と商業の関係者の皆さんと連携体制を築けたことは大きな意義があると感じています。商品の品質の安心・安全に関して種子の開発から携わることは、ヒガシマル醬油が目的とする「原料の見える化、産地の見える化」につながっています。企業として長期的な視点で、より良い醤油を造るために、より高品質な原料を追求し、土づくりからこだわりたいと考えています。
業務部 農産事業課 課長
徳力 望(とくりき のぞむ)
兵庫県たつの市出身。1993年ヒガシマル醬油株式会社に入社、研究所配属。2012年製造部へ異動、業務の傍ら醸造用小麦大豆の地元栽培に関わる。2019年から生産本部特命課長(農産事業担当)を経て、2022年から業務部に新設された農産事業課長。関連機関や生産者らと共に、醸造用小麦大豆の品種開発やASK(発酵諸味粕堆肥)を基盤とした栽培技術の開発を通じ、醸造用原料の地産化の推進に取り組む。
しょうゆの製造販売、各種液体調味料の製造販売、各種粉末調味料の販売。淡口しょうゆ発祥の地、兵庫県龍野で400年にわたり伝統の味をつくりつづけている。原料の産地から食卓まで深くかかわるために、原料の種子の研究など、安心安全な取り組みをすすめ、楽しく豊かな食生活づくりを目指しています。
ヒガシマル醬油ホームページ
URL:https://higashimaru.co.jp/
生産者の声:㈱グリーンファーム揖西
私たちの地域では集落営農組合を組織し営農を続けてきました。「自分たちの農地は自分たちで守る」。この思いから複数の組合や生産者が集まり、株式会社グリーンファーム揖西を2012年に設立しました。地元企業に地域で栽培した生産品を納入して伝統の醤油を造る。生産者にとっても、事業者にとっても良い取り組みであり、ぜひ参画したいと思いました。
品質の高い小麦と大豆を作るため、専門家から指導を受け、私たちも勉強を重ねてきました。親身になって助言してもらえるのはありがたいです。一緒に働く仲間が実体験を通して学ぶことができるのが良いですね。小麦と大豆作りに手間は惜しみません。自分たちの栽培技術に誇りと自負を持っています。集落の農地をみんなで守っていくことはできていると思います。
これからは地域の集落営農組合を支え、たつの市全体の農業のレベルを上げていくことに協力していきたいと考えています。
代表者 猪澤敏一(いざわ としかず)
兵庫県たつの市揖西町出身。一般企業在職中の平成元年に自治会の農会長となり、一集落一農場の北山営農組合を設立。企業退社後、平成18年には近隣6集落による古子川営農組合集団を立ち上げ、翌年から高たんぱく小麦の栽培に取り組む。一方、平成19年には集落農業の将来を見据え、たつの市集落営農連絡協議会の設立に中心的役割を果たす。平成24年には、「株式会社グリーンファーム揖西」を設立、代表取締役となり「自分たちの農地は自分たちで守る」を実践。平成3年度全国麦作共励会農林水産大臣賞受賞。
